春の和菓子 大特集



2008年05月25日

和菓子の三大銘菓って?

越乃雪
 
和菓子の中でも特に美味しいとされる日本三大銘菓をご存知でしょうか?

一つは「山川」一つは「長生殿」そしてもう一つは「越乃雪」です。

今回は越乃雪について考えていきたいと思います。

越乃雪は高杉晋作が亡くなる前にそばにあった和菓子のようです。

長州藩の高杉晋作は亡くなる10日ほど前に、今年の雪見はできないからと、見舞いにもらった「越乃雪」をそばに置いてあった松の盆栽にふりかけて雪見をしたという。

この菓子は安永7年(1778)、長岡藩9代藩主牧野忠精が病で伏されていた時、城下の大和屋が献上したところ、食欲が進み病が完治したそうです。

忠精は大層喜ばれ、「天下に比類なき銘菓である。吾ひとりの賞味では勿体無い。これを藩の名産とすべし」と、「越乃雪」の名を贈りました。

越後の美味しい餅米と、四国阿波の国特産の和三盆糖を原料とした高貴な味わいは、やがて日本三大銘菓といわれるようになりました。

口の中でスーッととけるさまは春の淡雪のようです。

かむ必要もないほどに、口の中ではらはらと崩れていき、和三盆の上品な甘さが口の中を包みます。

中に空気がたくさん含まれているため、このようにはらはらと崩れるのです。

空気をたくさん含むお菓子というのは、アイスクリームが有名ですね。

口の中でとろけるアイスクリームは、空気の含有量が豊富です。

しかし、和菓子でこの食感は少し驚きます。

さすが、三大銘菓の一つです。


 

posted by けんしろう at 01:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
2008年05月22日

和菓子 水ようかん

水ようかんを楽しもう
 
 
もうすぐ初夏。
初夏の和菓子といえば、やはり水ようかんを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?
よく冷やした水ようかんは夏には最高の和菓子ですね。

ようかんも美味しい和菓子ですが、季節にあった和菓子というものは、季節自体を味としているかのように美味しいです。
夏の水ようかん、フルフルのゼリー、葛きり、冷やし蕨餅などが夏の和菓子でしょう。
日本の湿気の多い夏に、水ようかんなどの和菓子は心を和ませてくれます。

もちろんアイスクリームやカキ氷なども夏は美味しいものです。
しかし、和菓子には日本の風情を感じることができるとは思われませんか?

またブラックでいれたアイスコーヒーをあわせると、また違った雰囲気も楽しむことができます。

一般的な羊羹と同様に砂糖と餡を寒天で固めるのが典型的な製法で羊羹よりも水分を多くして柔らかく作ります。
餡は小倉餡を用いるのが一般的であるが、白餡の水羊羹なども存在します。
また、餡を使わずに黒砂糖を使う製法もあります。

水で戻した後でちぎって細かくした寒天を水(寒天一本あたり500−600cc)とともに鍋に入れて沸騰させます。
寒天が湯の中で溶解した後に砂糖と餡(少量の水で溶かした葛粉を入れる場合もある)を入れて再び沸騰させます。
これを冷ましたものを漉して容器に流し込んだ後に冷やすと水羊羹となるのです。

寒天は万治年間(1656〜61)、伏見の宿屋の主人によって発見されました。
この寒天を用いたようかんが作られたのは、文献では寛政の頃、喜太郎羊羹が最初ともされています。
寒天製水ようかんは明治以降一般的に作られるようになりました。

水ようかんの人を清涼させる力、存分に味わえる季節はもうそこです。

 

posted by けんしろう at 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の種類
2008年05月18日

和菓子?水菓子って

水菓子って和菓子かな?
 
 
水菓子ってみなさんは何を答えますか?
多くの人は水ようかんを答えるのではないですか?
他には葛切りとか寒天とかを答える人が多いのではないでしょうか?
 
でも水菓子って果物のことですよ。
みずみずしい梨とか、ジューシーなりんごとかのイメージでしょうか?
水ようかんとか葛切り、寒天は正確には水菓子ではないです。
 
でも最近は和菓子屋さんで水ようかんやゼリーを水菓子という種類として売っているところがあります。
定義があいまいになっているのでしょうか?
 
水菓子は菓子がすべての間食を表していたので、果物をそれらと区別するために、水をつけたといわれています。
想像ですが果物はみずみずしいですから水がついたのでしょうね。
どうやらそれが曖昧になって和菓子屋さんでは、水ようかんやゼリー、葛切りなどが水菓子と呼ばれるようになってきているようです。
 
確かに水ようかんやゼリーなどは水菓子といったほうが分かりやすいですから。
それに、水菓子が果物であるということを知る人のほうが少ないような気がします。
 
言葉は生きていますから、古いものを守ることと新しいものを生みだすということの矛盾を乗り越えなければなりません。
水菓子も新しい意味をもって使われるようになったのですね。
 
水ようかんはようかんの水分が多くなったものです。
そのさっぱり感は夏の暑い日を忘れさせてくれるものです。
ゼリーは、プルプルの中に果物を感じさせるとても優しいお菓子です。
 
水を多く使う和菓子は、口当たりがやわらかく、とても食べやすいことが特徴です。
果物は体力が弱った人でも食べられるもの、水分の多い和菓子もそうですね。
水は人間にとって一番大切なもの。
その水を言葉に含める水菓子は、その優しさが特徴だと思います。
posted by けんしろう at 02:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の種類
2008年05月17日

和菓子屋 東京新宿区

和菓子屋さんを探す 東京新宿区
 
 
和菓子はその用途、時期などさまざまな場面で必要になります。
お客様に出すもの、お見舞いにもっていくものなど。
たくさんの和菓子がたくさんの和菓子屋さんで売られているため、どこに行けばよいのか分からなくなることがあります。
事前に連絡をとってそれから買いにいくというスタイルが良いのではないでしょうか?
 
(株)花園万頭本店
東京銘菓「ぬれ甘なつと」のお店。創業171年の老舗の味。
TEL : 0120-014870
住所 : 〒 160-0022 東京都新宿区新宿5丁目16−15
URL : http://www.tokyo-hanaman.co.jp
Email : webmaster@tokyo-hanaman.co.jp
 
(株)青柳
TEL : 03-3371-8951
住所 : 〒 169-0075 東京都新宿区高田馬場4丁目13−12
 
(株)あけぼの/新宿伊勢丹店
TEL : 03-3341-8098
住所 : 〒 160-0022 東京都新宿区新宿3丁目14−1
 
(株)あけぼの/新宿小田急本館店
TEL : 03-5323-6190
住所 : 〒 160-0023 東京都新宿区西新宿1丁目1−3
 
飯田橋萬年堂
TEL :  03-3266-0544
住所 : 〒 162-0824 東京都新宿区揚場町2−19
URL : http://www.omedeto.co.jp/
Email : info@omedeto.co.jp
 
(有)五十鈴
TEL : 03-3269-0081
住所 : 〒 162-0825 東京都新宿区神楽坂5丁目34
posted by けんしろう at 02:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の種類
2008年05月16日

和菓子の日

和菓子の記念日
 
 
もうすぐ和菓子の日です。
和菓子の日(6月16日) は1979年(昭和54年)に設定されました。
あまり知られていませんね。
しかし和菓子の日が設定されたのにはいろいろな理由があります。
美しい日本の四季と歴史の中で育まれてきた民族の味『和菓子』の素晴しさをもっともっとお客様に親しんでいただきたいとの願いです。

また、和菓子を作る人も、この優れた日本の食文化を正しく隆盛に後世に伝え残すために一層の努力を積み重ねていこう、と願って設定された日です。
ではなぜ6月16日になったのでしょうか?
この日の由来は、平安時代848年頃、当時国内に疫病が流行ったことから仁明天皇が元号を「嘉祥」とあらため6月16日に16の数に因んだ菓子、餅を神に供えて疫病除け、健康招福を祈った古例に始ると言われています。

その後、後嵯峨天皇(1220〜1271年)が吉例として行ったのをはじめ室町時代には年中行事として行われるようになったことが「武徳編年集成」その他たくさんの古書に記されています。
江戸時代になると、大切な祭りのひとつに数えられました。
幕府では御目見得以上の士分に大広間で菓子を賜り、これを嘉祥頂戴といいました。
町方でも嘉祥喰といって、嘉定通宝16枚で菓子を求めて食す、また、米1升6合と菓子を交換して食べるなどし、疫病退散健康招福を祈願する行事として盛んに行われました。

この由来を現在によみがえらせたのが「和菓子の日」です。
ご家族や親しい方々の健康を願って和菓子を贈る、和菓子を食べる。
和菓子が日本の文化として広く日本全国、そして世界へと広がることを願っている日です。

和菓子の人を幸せにする力、見るものを感動させる和菓子、和菓子を思う日として心にとどめておいてください。
 

posted by けんしろう at 00:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の歴史
2008年05月12日

和菓子のマナー

和菓子のいただき方

 
料理店では、和菓子は銘々皿に黒文字が添えられてきます。
和菓子は、黒文字を使い左側から一口分に切り分けます。
マナーの中には、黒文字でお菓子の横を刺し、左手を添えて懐紙の上に置いて、そして膝の上で切っていただくというものがあります。
皿の上で和菓子を切ると、皿に傷がつくからNGなんだそうです。
しかし、今はこれについてはうるさく言われることはありません。

左手に懐紙を持って受け皿代わりにし、和菓子を口に運びます。
食べ終えたら、黒文字を懐紙で軽く包み皿の上に置きます。
そのようなことをする人はいないと思いますが、お菓子に黒文字を突き刺して、丸のまま食べてはいけません。
抹茶の場合は、先に和菓子を食べてから、抹茶を飲みます。
煎茶の場合は一煎目と二煎目の間で頂きます。
つまり、交互にお茶と和菓子をいただきますが、最初はお茶に口をつけます。
訪問先で和菓子を出された場合、いったん手をつけたら残さず食べるのがマナーです。
食べ残した場合には、懐紙に包んで持ち帰るのもマナーです。
どうしても苦手なものが出された場合は、初めから手をつけないようにします。

さて、一般的に和菓子は、薯蕷(上用)まんじゅうなど手で割って頂く御菓子以外は菓子楊枝で頂きます。
菓子楊枝といっても、形は様々あります。
代表的なものは、よくお茶席ででてくる「黒文字」です。
その他に竹の細工の楊枝、またフォーク型の塗り物、青竹を細く切った楊枝などがあります。
さて、この「黒文字」なぜこのような名前なのでしょうか?
実はそのまま、木の名前なのだそうです。
色が黒いからなどという意味ではないようです。
樹皮に芳香がある落葉低木で、これを削ってスティック状にしたものを私たちは使っています。
黒文字の長さ・種類は、10センチ程度の細く短いものから、本格的に茶席で使う取り箸サイズまであります。
和菓子には、やはりフォークやスプーンでは味気ないものです。
黒文字で和菓子をいただけば、また格別の味が楽しめるものです。
和菓子のマナーの練習も出来ますよ。

posted by けんしろう at 22:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子とは?

和菓子 千歳飴

千歳飴に込められた意味
 
 
七五三では、和菓子の千歳飴(ちとせあめ)を食べて祝います。
千歳飴は、親が自らの子どもに長寿の願いを込めて、細く長くなっているのが特徴です。
また千歳飴は縁起が良いとされる紅白それぞれの色で着色されています。
千歳飴は、鶴亀(つるかめ)や松竹梅などの縁起の良い図案の描かれた千歳飴袋に入れられています。

親に手を引かれ、鶴亀や松竹梅の袋を提げた小さな子どもを見ていると、なんだかほほえましい気持ちになります。

しかし、七五三でなぜ長寿を祝うのでしょうか?

現代は昔と違い乳児の生存率がとても高くなっているのはご存知ですね。
これは医療技術の向上のおかげです。
超未熟児といわれる子どもも医療の発達で生きることが出来る時代です。
本当にありがたい時代です。
しかし昔は3歳まで子どもが生き延びるということはとても大変でした。
5歳、7歳までとなるともっともっと大変です。
そこで7歳までは子どもは人間ではなく、神様からの預かりものという認識を抱いてしました。
そう、七五三というお祝いの文化は、この考えをもとに生まれたのだそうです。
神様は両親に子どもを渡されたということですね。

昔は、7歳まで成長が出来た子どもはお祝いをしたあと、氏神様(自分が住んでいるところを守ってくれている神社の神様)にお参りして、氏子札を貰いました。
氏子札を貰って初めて人格として認められ、地域社会の仲間入りを果たすことができたのです。

その両親の子どもへのおもいが、千歳飴には込められているのですね。

千歳飴は、江戸時代の元禄・宝永の頃、浅草の飴売り・七兵衛が売り出したのが始まりとされています。
和菓子として飴は昔からとても一般的でした。
とても手軽に食べられる和菓子だったのです。
その飴に長寿の願いをこめて、親は七五三を祝うのです。
和菓子の千歳飴、単なる飴でありながら、多くの人の願いを背負った和菓子です。

posted by けんしろう at 22:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の種類
2008年05月01日

和菓子 ちまきについて

和菓子 ちまき
 
もうすぐ端午の節句ですね。
そのときに食べるのが、和菓子の柏餅やちまきです。
ちまきを食べるのは、中国戦国時代の楚の愛国詩人屈原の命日である5月5日に彼を慕う人々が彼が身を投げた汨羅江(べきらこう)にちまきを投げ入れて供養したこと。
そして屈原の亡骸を魚が食らわないよう魚の餌としたものがちまきの由来とされています。
柏餅を食べる風習は日本独自のもので、柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「家系が絶えない」縁起物として広まっていきました。

このように柏餅は縁起物で日本独自のものですが、ちまきにかんしては、中国からの伝来です。
ちまきは、もち米やうるち米、米粉などでつくった餅、もしくはもち米を、三角形(または円錐形)に作り、ササなどの葉で巻き、イグサなどで縛った食品でした。
葉ごと蒸したりゆでて加熱し、葉を剥いて食べます。
もともと中国で作られた料理で、日本へは平安時代頃に伝わりました。
日本では米粒の原型を留めないものが多く、逆に中国では米粒の原型が残り、かつ米以外の具を加えているものが多です。

中華料理店などでは、粽というともち米などでつくられたおこわのようなものが、出てきます。

しかし、端午の節句では、ちまきは餅団子が入っていて、甘く味付けされた和菓子として出されるのが一般的です。
うるち米の団子を笹の葉で包んだ物で、御所粽(ごしょちまき)、内裏粽(だいりちまき)とも呼ばれるものです。
子どもはやはり、あまいちまきや柏餅を喜びます。
和菓子として、柏餅やちまきを子どものときに味わった記憶はいつまでも残るものですね。

 

posted by けんしろう at 00:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和菓子の種類